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カテゴリー「nobel information」の検索結果は以下のとおりです。

叱る目的(ノーベルニュース第356号 教室長コラムより)

   子どもたちの行動を見ていると、ついつい叱りたくなる場面があります。注意をすると言い訳が返ってきて、つい感情的になりそうです。しかし、怒りに任せ感情をぶつけるのは避けないといけないことです。


 そもそも叱る目的とは何でしょうか?調べてみると「相手の行動を正し、よりよい成長や関係性を築くこと」とあります。つまり、ルールやマナーを守るために誤った行動を指摘し、望ましい振る舞いへと導くこと、そして正しい価値観や善悪の判断を教えることといえるでしょう。ただ、実際の場面を目にすると、怒りの感情が混じり目的を見失ってしまっている気がします。特に最近は、周囲の人が不快な思いをしていることも多いため、みんなの前で叱ることに難しさがあります。とはいえ、叱ってはいけないというわけではありません。重要なのは、目的を達成するために「諭す」「説得する」といった他の選択肢も考えることで、叱ることは1つの方法に過ぎない、と思います。

   𠮟る一辺倒では相手に気持ちは伝わりません。私は、叱ることを含め、行動改善を促す最も効果的な方法を常に模索しながら指導をしていきたいと考えています。

恥(ノーベルニュース第355号 教室長コラムより)

 『恥』~自分の成長のカギとなる気持ち~

 昔アンパンマンミュージアムに行ったときに作者のやなせたかしさんの「三かく主義(絵を描く、詩を書く、恥をかく)」を知り感銘を受けました。恥との向き合い方の大切さを感じた瞬間でした。

 恥は場合によっては行動をためらわせる気持ちですが、向き合い方によっては自分の成長のチャンスともなります。恥を感じたとき、周囲の目を気にしすぎているのか、それとも本当に改善が必要な行動だったのかと、その原因を冷静に見つけることが大切です。そして、恥を恐れて挑戦を避けるのではなく、学びの機会と考えて、次に活かす姿勢を持つことが大事です。人生経験が長くなれば「恥」をかいたことを笑い話のネタにすることもできますが、なかなかそうはできないものです。私はかいた恥は授業内で積極的に公開し、その笑いを共有したいと思う派です。伝えずにはいられないので、ちょっと変わり者かもしれません。

 過度な恥は自己否定につながりますが、適度な恥は人格を磨く教訓となります。恥をただ隠すのではなく、受け止め、乗り越えて、より豊かな人間関係と成長を築くことにつなげてほしいと思います。

わからないことは・・・(ノーベルニュース第354号 教室長コラムより)

 新学期が始まり、新たな学年での授業がスタートしました。「ついていけるかな」「大丈夫かな」などいろいろ心配になる面もあるでしょう。そもそも授業をしっかり聞いてその場で100%理解できる人はそんなにいません。大事なことは100%に近づけるために努力することです。予習・復習などいろいろ方法はあるでしょう。

 もう1つお伝えしたいことは「わからないことは恥ではない」ということです。これまで“わからないと思われたくない”とかくしたりごまかしたりする生徒を何人も見てきました。勉強ってそもそも知らないことを学ぶもので、わからなくて当然です。自分で努力しても限界があるので、みなさんは塾に来ているのだと思っています。塾はわかるようになるためなので、遠慮なくわからないところを見せてください。わからないと伝えることは大事です。そしていっしょにがんばって“わかる”と“できる”を増やし、喜びをシェアしていきましょう。

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