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カテゴリー「nobel information」の検索結果は以下のとおりです。

ごめんなさいが言えますか?(ノーベルニュース第362号 教室長コラムより)

人に迷惑をかけても「ごめんなさい」と言えない人がいると感じたことが何度かあります。
「ごめんなさい」という言葉は、相手を思いやる気持ちから自然に生まれるものです。私は、失礼なことをされても相手に謝罪を強制し、「ごめんなさい」と言ってもらおうとは思いません。強制してしまえば、それは自分がただその言葉を引き出したいだけの、自己満足なエゴになってしまう気がするからです。

 大切なのは、自発的に「ごめんなさい」が出てくることです。そのためには、自分が間違えたことや、相手に迷惑をかけてしまったことを認識し、申し訳ないと感じる心が必要です。最近は、その認識がうまくできていない人もいるのかもしれません。もしそうであれば、失礼な行為やモラルに反する態度を言葉や行動で伝えて教えることも指導者の役割だと思います。

ただし一方で、「ごめんなさい」と言えばすべて許される、あるいはその場を逃れられるという考え方は間違っています。その場しのぎの言い訳は見苦しいものです。大切なのは、素直で謙虚な心を持ち、相手を敬う姿勢だと思います。

遠き生徒ほど可愛がれ(ノーベルニュース第361号 教室長コラムより)

 『遠き生徒ほど可愛がれ』

 これは館長が我々職員にかける言葉です。この言葉は、自分にとってちょっと苦手だなと感じる生徒・距離を感じてしまう生徒からきちんと向き合って関わっていこうという意味です。もちろん、生徒はみんな平等。ひいきをせず、誰に対しても同じように接することが大前提です。

 じゃあ、私にとって「遠い人」って誰だろう?と顔を思い浮かべようとしてみたのですが……正直、誰も思い当たりませんした。昔(20代の頃)は、顔を合わせると胃が痛くなるような生徒もいましたが、今はそんなことが全くありません。むしろ、みんなともっと仲良くなりたい、距離を縮めたいと思ってしまうほどです。

 ただし、近づきすぎると礼儀を欠くこともあります。だからこそ、適度な距離感を大切にしながら、心の距離は近くにいたいと思っています。もし、私のことを「ちょっと遠いな」と感じている人がいたら、遠慮なく教えてください。ぐいぐい行きます(笑)。

 これからも、みんなと一緒に歩んでいきたい。その気持ちを大切に、日々指導に取り組んでいきたいと思います。

思い込み(ノーベルニュース第360号 教室長コラムより)

「なんでこんなこともわからんのんか。」

 これは、指導者が口にしてはいけない言葉でしょう。わからないからこそ勉強しているのであり、学んでいる側からすれば、言われたくない、心が傷つく言葉だと感じています。

 私もかつてはこの言葉を口にしていました。自分自身を振り返り、どうしてこの言葉を言ってしまったのかを考えてみると、そこには「こう言えばわかるはずだ」「きっと理解できるはずだ」といった、教える側の思い込みがあったように思います。自分の願望を押しつけてしまい、子どもたちの気持ちに寄り添おうとする姿勢が欠けていたと感じています。

 だからこそ、今の子どもたちには遠慮せずに「わからない」「微妙」「もう一度教えて」といった反応をしてほしいです。わからないと言われても怒ることはまったくありません。私自身、表現を工夫したり何度でも伝え直したりして理解してもらえるよう努めます。

いっしょにわかり合いたい――そんな気持ちで、これからも向き合っていきたいと思っています。

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