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カテゴリー「nobel information」の検索結果は以下のとおりです。

遠き生徒ほど可愛がれ(ノーベルニュース第361号 教室長コラムより)

 『遠き生徒ほど可愛がれ』

 これは館長が我々職員にかける言葉です。この言葉は、自分にとってちょっと苦手だなと感じる生徒・距離を感じてしまう生徒からきちんと向き合って関わっていこうという意味です。もちろん、生徒はみんな平等。ひいきをせず、誰に対しても同じように接することが大前提です。

 じゃあ、私にとって「遠い人」って誰だろう?と顔を思い浮かべようとしてみたのですが……正直、誰も思い当たりませんした。昔(20代の頃)は、顔を合わせると胃が痛くなるような生徒もいましたが、今はそんなことが全くありません。むしろ、みんなともっと仲良くなりたい、距離を縮めたいと思ってしまうほどです。

 ただし、近づきすぎると礼儀を欠くこともあります。だからこそ、適度な距離感を大切にしながら、心の距離は近くにいたいと思っています。もし、私のことを「ちょっと遠いな」と感じている人がいたら、遠慮なく教えてください。ぐいぐい行きます(笑)。

 これからも、みんなと一緒に歩んでいきたい。その気持ちを大切に、日々指導に取り組んでいきたいと思います。

思い込み(ノーベルニュース第360号 教室長コラムより)

「なんでこんなこともわからんのんか。」

 これは、指導者が口にしてはいけない言葉でしょう。わからないからこそ勉強しているのであり、学んでいる側からすれば、言われたくない、心が傷つく言葉だと感じています。

 私もかつてはこの言葉を口にしていました。自分自身を振り返り、どうしてこの言葉を言ってしまったのかを考えてみると、そこには「こう言えばわかるはずだ」「きっと理解できるはずだ」といった、教える側の思い込みがあったように思います。自分の願望を押しつけてしまい、子どもたちの気持ちに寄り添おうとする姿勢が欠けていたと感じています。

 だからこそ、今の子どもたちには遠慮せずに「わからない」「微妙」「もう一度教えて」といった反応をしてほしいです。わからないと言われても怒ることはまったくありません。私自身、表現を工夫したり何度でも伝え直したりして理解してもらえるよう努めます。

いっしょにわかり合いたい――そんな気持ちで、これからも向き合っていきたいと思っています。

伝え方(ノーベルニュース第359号 教室長コラムより)

 先日、ある先生が「声が小さい」と指摘した場面が印象に残りました。確かに聞き取りづらい状況でした。オンラインだったのでマイクの不調もあったのでしょう。しかし、その言葉の選び方に少し引っかかるものを感じました。

「声が小さい」という表現は、事実を伝えているようでいて、受け手によっては責められているように感じることもあります。その場面を見ながら、ふと「他の言い方もあるのでは」と考えました。

たとえば——

「聞こえづらいのでもう少し大きな声で。」

「もう少し口を大きくあけるイメージで話してみて。」  など

どれも目的は“聞こえるようにする”こと、状況を共有し協力を求める言い方です。こうした表現は相手の気持ちを尊重しながら、必要な改善を促すことができます。

コミュニケーションにおいて、「何を言うか」以上に「どう言うか」が重要だと改めて感じました。もし自分のいらだちをそのまま言葉にしてしまえば、相手との信頼関係にひびが入るかもしれません。逆に少しの配慮があるだけで場の空気はぐっと柔らかくなります。

この出来事は私にとって良い学びの機会となりました。日々の自分の授業の中でも、子どもたちの立場や状況を想像しながら、伝え方に気を配ることを忘れずにいたいと思います。

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